チョコレートドーナツについて

セクシャリティ問題を考えさせられるLGBT映画特集

マイノリティは幸せになってはいけないのか

すべての人がマイノリティではなくマジョリティでありたい、そう思うのは当然のことでしょう。けれど世界がこれだけ広ければ、人同士の間で当然考え方は違ってくるものだ。軋轢が生まれることもあれば、融和してきちんとした社会の中で生きていくことも出来る。けれどそれが出来ない人もいる、それこそ同性愛という観点で物事を考えている人が最も陥りやすいジレンマでもあるからだ。ブロークバック・マウンテンのイニスのように、愛しているからといっても社会における自分の立場を守るためには、どうしても一家の長としての立場を固辞する必要があり、その中で生きなければならないという自覚もあったでしょう。ですが自分の気持を押し殺して生きることの難しさは、言うまでもなく容易いものではない。

マイノリティというだけで本来の自分を押し殺し、そして自分ではない仮面を身につけて普通のどこにでもいる人を演じなければならない人というのは、潜在的に多いのではないでしょうか。どうしてそんなことをするのかというと、それは人として当たり前な『幸福』が欲しいと願ってやまないからだ。

この作品もまた同性愛というテーマ制で作られた映画だが、同時に幸せと願う事を求める気持ちに差異などない、当たり前のことを欲するのは同じなんだと感じさせる作品があります。『チョコレートドーナッツ』、これもまた1970年代というまだまだ保守的な傾向にあったアメリカ社会の中で、ゲイの男性が育児放棄された子供を育てたという実話に基づいて制作された感動巨編だ。

作品概要

2012年にアメリカで制作された今作もまた、実話に基づいての話となっています。恋するリベラーチェとは違ってごく普通の一般人に焦点を当てたものだ。同性愛者だからといっても、社会の中では一市民であることに変わりはありません、ただ恋愛対象となる人がたまたま男性なだけであった、それでしかないのです。ただこの物語の主人公として描かれているゲイの男性は、自らの性癖を隠すこともなくオープンに通して生きているところが特徴的だ。そしてもう一人の主人公のパートナーであり、弁護士として生きながらも世間体から自身の性癖を隠しながら生きている男性。

そんな2人が出会ったのは、親の愛情を知らずに育った障害を背負った少年という、マイノリティ社会において3人が唯一無二の幸せを求め続けた感動作品となっています。ではあらすじから見ていこう。

あらすじ

1979年のカリフォルニア、歌手を夢見ながらショーバブで活躍するルディはある日パブに訪れていた弁護士のポールと交際をすることになる。ポールは弁護士という立場からゲイであることを秘匿していましたが、ルディとの生活は彼にとって幸せそのものだった。そんなある日、ルディは自身のアパートの隣室に住んでいるマルコという障害を負った子供が夜半に1人外出している姿を目撃する。ネグレクトされたマルコは1人悲しみに暮れる中、彼の母親は危険薬物所持の疑いで逮捕されてしまった。残されたマルコは施設へと隔離されてしまうが、度々脱走しては帰るべき家へと向かうことを繰り返す。

そのことを知ったルディはポールに相談し、自分たちが彼の家族になろうと提案し、法的手続きによってマルコの看護者として彼を引き取ることとなった。新たに迎えられた家で最初こそ戸惑いながらも、ルディという母性とポールという父性に満ち足りた2人の父親から受ける一心の愛情に愛を知らずに育ったマルコの心は氷塊が溶けるように暖かく、優しさに満ち足りた幸せを手に入れる。世間の目は厳しくとも、そこにはマイノリティという枠に閉じ込められた者達だろうと求めた、確かな人としての幸せがありました。

しかしそんな生活も長くは続かず、ある出来事が引き金となってルディとポールの2人がゲイカップルであることが露見し、養育者として認められないとして裁判沙汰になってしまう。マルコを取り上げられ、ルディとポールは一時憔悴しきってしまうが、大事な自分たちの子供を取り戻すために戦うことを決意する。今こそ法から世界を変える好機と、そう行きこんだが彼らが願った結末が訪れることはなかった……。

マイノリティであることを隠さないルディと隠すポール

この作品において主人公として描かれているのはルディとポールという、ゲイカップルだ。ルディは自身がゲイであることを嘘偽りなくオープンにしているが、対してポールは職業柄露見するわけにはマズイとしてひた隠しにしている。ルディは職業上はゲイであろうと問題なかったが、ポールのような公的機関に大きく関わることになる職業ともなると、マイノリティであることを敬遠して仕事が危うくなる、ということがあるからだ。現実に仕事場ではそうした性癖であることを隠し通さないと責任ある立場になれない、そう思われているのが実情だ。

ポールの場合、とにかく自分というものを押し殺して普通であることを望み続けていたが、それでも限界は訪れるもの。気分転換で訪れたパブでルディと出会ったポールは、彼の先駆的で優しさに溢れた素顔と触れたことで、公にこそ出来ないものの恋人として交際をスタートさせる。言うなれば、本当の自分を包み隠すこと無く見せられる相手として、ルディという大切なパートナーを手に入れたということだ。

そしてそんな2人にも1つの転機が訪れる。

マルコという少年

この物語においてルディとポール、2人の間に命よりもかけがえのない存在として登場するのが、マルコという少年だ。

障害を背負い、母親は自宅に男を連れ込んで薬物がもたらす強烈な快楽に呑まれて育児放棄されていたため、親から受ける愛情というものを知らずに育っている。1人寂しく過ごすこと、それはマルコにとって当たり前の日常だった。どんなに悲しくても親にすがることも出来ず、自宅という閉鎖的な環境下で誰とも邂逅すること無く過ごしていた。

それでも母親から離れて生活すること、それだけがマルコにとっての支えであり、すがるしかなかった。そんな不遇の中で生きていた少年のことをルディは把握しており、そしてそのことがこの物語の核となる部分へと繋がっていく。

愛に溢れた作品

マイノリティだからと求めていい幸福が限定されるわけではありません。同性愛者だからといって、月並みの幸せを手に入れる権利はないかというのも違っている。けれどそれが当たり前だとして、弾圧され続けていた人々もいました。そんな時代の中で、自分たちの矮小な世界の中で掴みとった幸せはごく平凡などこにでもある家庭として在り方であることに変わりありません。

これは見といたほうがいいですよ

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